2010年01月21日

【遠い響・近い声】特別記者・千野境子 年賀状に見る意思と雄弁(産経新聞)

 大みそかから新年へ、1日過ぎただけなのに空気が改まる。年末、途中で投げ出したいと思った賀状書きの苦労もコロリと忘れて、届いた年賀状を心も新たに読む。

 今年もそんな何時に変わらぬ正月を過ごした。仕事柄、知らない方々からも頂く。記事を媒介に、どこかで繋がっている方々。

 吉村昭氏の作品で題名は覚えていないが、胸を突かれる後書きがあった。どんな題材も、どこかにそれを自分以上に知る人がいる。姿も声も分からないが必ずいて見ている。確かそんな内容だった。書くことは畏(おそ)れとともにあるのだと、粛然としたのを思いだす。

 見知らぬ、多分読者の方からの便りを読むとき、似た思いを抱く。今年の賀状でもそうだった。

 「今この時も我々(われわれ)は寡黙に任務を遂行中です」

 これは陸上自衛隊西部方面隊の方からだ。駐屯地を訪れたことはない。なぜだろうと考えて昨秋、与那国島へ自衛隊誘致の話を取材し報じたことに思い当たった。誘致の話は政権交代で宙に浮いた。正月、島の町長が防衛相に陳情したことをベタ記事が伝えていた。与那国島は沖縄本島などとともに西部方面隊に所属する第1混成団の守備範囲なのである。

 もう1枚の文面はこうだ。

 「新しい年を迎えるというのにいつまで子供係の女性に時代おくれのことをしゃべらせておくのでしょう」

 子供係とは少子化担当?ああ、あの閣僚のことと気づいて微苦笑させられた。差出人は海外情勢に興味を持っている80歳の女性で、他の国の米軍基地の対応を教えてほしいとあった。

 2通が期せずして示唆しているのは、普天間問題に象徴される同盟のきしみや外交の混乱への懸念だろう。そして賀状の背景には、懸念を共有する、さらに多数の読者=国民がいるはずである。

 寡黙に任務を遂行中という表現に私は逆に意思と雄弁を感じる。猪木武徳氏も正論欄(13日付)で書かれていたように、「語るべきこと」を語らず、「語らざるべきこと」をてんでん勝手にしゃべり、撹乱(かくらん)する閣僚が多いだけに沈黙がなおさら意味を持つのである。

 今この時も、西部方面隊は日本にとって今やもっともセンシティブな領域の防衛に当たっている。年末のためか、あまり注目されなかったが、中国は離島の管理強化などを定めた「海島保護法」を成立させ、3月から施行する。

 2006年には海洋大国を宣言した中国が、法整備も含めて海洋権益の保護徹底に着々と乗り出している証だ。日本の海洋基本計画の動向にも並々ならぬ関心を示していることに、日本の当局者はもっと敏感になってほしい。

 最後にもう1枚。

 「人間の愛情は祖先を敬い親を思い妻を思い兄弟を思い大にして国家を思う 樋口一葉」

 温泉旅館の主という方からの賀状にあった添え書きである。

 出典は書かれていないが、確かに、例えば一葉日記を読むと、「たけくらべ」などのイメージとは異なる、家族を思い世の出来事に興味津々で国を憂う硬骨の一葉が随所に登場する。しかも、家族と国家の同居が自然である。一葉の感性と同時に、明治とはそういう時代だったのだろう。

 「国民のために」「国民の生活が第1」「国民目線で」と、国民の1人の私など辟易(へきえき)するほど国民が乱発されながら、国が見事に欠落した今日となんと対照的なことだろう。

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平泉と小笠原諸島、世界遺産推薦を決定…政府(読売新聞)

 政府は18日午前、外務省内で世界遺産条約関係省庁連絡会議を開き、「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」(岩手県平泉町)を世界文化遺産、「小笠原諸島」(東京都小笠原村)を世界自然遺産にそれぞれ推薦することを正式に決めた。

 月内に推薦書を国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)に提出する。登録の可否は、来年夏の第35回世界遺産委員会で審議される。

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posted by ナカオカ ミツル at 04:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月20日

阪神大震災 難病女性 犠牲の恩師に初めての墓参り(毎日新聞)

 寝たきりの生活を送りながら難病と闘っている神戸市須磨区の小林佐和子さん(30)が17日、阪神大震災(95年1月17日)で亡くなった中学の担任教員、水谷トシ子さん(当時57歳)の墓に初めてお参りする。「一緒に道を開いていこう」。恩師の言葉を励みに高校に進学、卒業した。あれから15年。体の自由は徐々に利かなくなっているが、今も前を向いて毎日を過ごしていることを報告する。【山下貴史】

 小林さんは3歳の時、全身の筋力が衰える難病、進行性脊髄(せきずい)性筋萎縮(いしゅく)症と診断された。小学2年の時に、同市立友生養護学校訪問教育部(わらび学級)に転入したが、寝たきりになり入院先の病院で授業を受けていた。

 同校中学部で担任になったのが水谷さんだった。「最初は怖かった。けれど、親身になってくれる先生だった」。9歳で気管を切開、声を失った小林さんに、水彩画を描く楽しみを教えてくれた。94年春の卒業を記念して小林さんの詩や作文を添えて文集の出版を計画してくれた。「いい本にしましょうね」。そう小林さんに言葉をかけた4日後、震災が発生、倒壊した兵庫県芦屋市の自宅マンションで死亡した。

 恩師の死を聞いた小林さんはショックを受けながらも、「私、負けない。やるだけやってみる」と96年に通学が前提の同校高等部に入学。人工呼吸器をつけたまま週3回、ほとんど休まずに通学した。パソコンの学習は「自由に意思表示ができる」ため楽しく、熱心に取り組んだ。翌97年には自宅用呼吸器を取り入れ約10年間の病院生活を終え、帰宅した。

 20歳の時に高校を卒業。ショッピング、コンサート、東京ディズニーランド……。「普通の女の子」と同じ夢を一つ一つ実現し、自信につながった。

 その一方で、数年前からは口も動かしにくくなった。「先生に何を報告する」。母三千代さんの問いかけに、小林さんは答えた。「今の生活を見てほしい。また会いたい。ありがとう」

 文集「野のゆりのように」は95年9月に完成。収められた水谷さんの「遺稿」(94年10月付)には、こう記されている。「繊細さ、強さ、不自由な外見の中に秘められた豊かな表現力に出会い続けた」

 17日は分骨が眠る神戸市東灘区の霊園に参り、水谷さんが毎週通った教会の礼拝に出席する。

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posted by ナカオカ ミツル at 20:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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